ムワンガザは スワヒリ語で 光 という意味です

MISSION

わたしたちは、フィデアのタンザニア孤児支援活動への共感と賛同にもとづき、現地で暮らす人々とのパートナーシップを大切にしながら、すべての子どもたちが等しく、希望の光を見失うことなく生きていくことのできる未来を目指します

VISION

ンザニアで増え続けるエイズ孤児や身寄りのない子どもたちのための孤児院建設、および孤児院の運営維持に対する支援事業を行います。そして、孤児たちが援助に依存することなく自立できる体力と意欲、学力と就業技術を身に付けた人材に育つよう支援を続けます

日本とアフリカの相互理解を深める活動をとおして、人権擁護と環境保護にかかわり、それぞれの生き方や社会のあり方を見直す機会を提供します

HISTORY

長野県飯綱町に暮らす小林フィデアは、タンザニアの南部の町ソンゲアで生まれ、1996年に青年海外協力隊員としてタンザニアに赴任していた小林一成と結婚、来日しました。日本の豊かさを知るにつれ、祖国タンザニアの貧しく劣悪な環境にある子どもたちへの援助を志すようになりました。

1999年、フィデアは姉フローラと母レジーナを日本に招き、孤児支援に取り組もうと話し合いました。レジーナは自宅を孤児院として開放し、NGO『ソンゲア女性と子供の支援団体(SWACCO)』を設立。フローラは渡米し、シアトルを拠点に支援者を募り、2002年にNGO『MWANGAZA FOUNDATION』を立ち上げます。また、妹アナも、首都ダルエスサラームに同名法人を設立しました。タンザニア孤児支援活動は、フィデアたちのファミリー・ミッションとなっていきます。

 SWACCOが世話する孤児は約80名。親をエイズで亡くし、自らもHIVに感染している子どもたちもいます。その生活費や教育費、医療費などを援助しながら、フィデアたちは大きな目標を掲げます。それは孤児院の建設です。レジーナの家が狭いという理由だけでなく、タンザニアでは民家の施設運営は認められていません。フィデアは資金を工面し、2005年に12haの土地を購入しました。新しい孤児院と畑、診療所や研修施設を建てる夢を託し、『KIJIJI CHEMA(祝福の村)』と名づけました。

フィデアの日本での支援活動は、個人ベースの活動であり、給与の一部と仕事の合間を縫った講演料や募金活動で得た資金援助、寄贈された衣料、日用品や文具などの物資援助で支えられてきましたが、講演先の学校からリサイクル活動の収益金を、また賛同者らがチャリティコンサートを開くなど、支援の輪は次第に広がりました。

2008年には身体に障害をもつ女児の義足製作の呼びかけに、勤務先(株)サンクゼールの同僚らが応え、募金活動が行われました。また新潟のロータリークラブからは入寮児たちのために2段ベッドが贈られ、各部屋に設置されました。そして2009年、㈱サンクゼールはフィデアがプロデュースするチャリティー・ジャムの製造・販売を開始します。売り上げの一部がSWACCOに寄付されています。

一方、米国のフローラたちも国境無き建築士集団の協力を得て、新しい孤児院の設計と井戸試掘の無償提供を受けました。しかし、組織内部の宗教と人種対立から、やがて解散しますが、フローラは新たに『MWANGAZA JITEGEMEE FOUNDATION』を立ち上げ、SWACCOへの支援を続けています。

2010年4月、これまでフィデアを支えてきた友人、同僚らが中心となって、安定した孤児支援を継続するために組織化しようと、NPO法人『ムワンガザ・ファンデーション」を設立しました。

タンザニアでは、土地取得後5年以内に建設を始めなければ政府に没収されてしまいます。2011年、私たちはいよいよKIJIJI CHEMAに槌音を響かせます。まずさく井から。地下100m級の深井戸を掘り、WHO基準を満たす良質な水を確保しました。続いて敷地7000坪分を囲む塀も建設しました。何より先に、子どもたちの養育と保護を象徴する井戸と塀をつくることができたのです。

2012年、孤児院の建設に向けた第2ステージがはじまります。

 みなさまのご協力を、よろしくお願いいたします。